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《吾輩はおっさん女子である》ストーリーから男性の魅力を感じる

  • 2017年04月15日  霜降 どいや  



    男女混合で「異性のどの部分からエロを感じるか」って話題で盛り上がると、どうしても女性陣である私たちは最終的に「自分が最高だと思うシチュエーション」にたどり着く。そんな様を男性陣が「何を言ってんだこいつら」ってなふうに見てくるのを目の当たりにするたびに、女性は男性と比べるとストーリーから異性の魅力を感じ取る生き物なのかもしれねえなって思うんだよ。

     

    ・エロをどこから感じるか

    飲み会、というか気の置けない友人たちとの恋愛トークとなると、いつも下ネタで盛り上がってしまう。学生の頃には男子は男子で、女子は女子で盛り上がっていたトーク内容が、男女間で盛り上がるネタになっているあたり、私たちはおっさん・おばさんになったんだろうなって思うよ。まあ、それぞれに彼氏彼女がいたり、異性の友人としてしか互いを見ていなかったりするから、異性ウケとか体裁とかを気にしなくて良いから、オープンすぎるほどの下ネタで盛り上がれるんだろうな。恋人がいないにも関わらず下ネタをぶっちゃけられるのは、それだけ私が異性としての魅力がなくて女としてカウントされていないってのもあるんだろうけどよ。

    下ネタとは言っても、そこまでエゲツない内容ってわけじゃねえ。だいたい自分たちの妄想を鼻息荒く語り倒すってのがほとんどだ。特に、「異性のどの部分からエロを感じるか」ってのはもう私達の中で定番になりつつある。男性陣はやっぱり美脚とか巨乳とか、逆に貧乳のほうが良いとか、髪フェチだって言う奴もいる。そういう意見を目の当たりにするたびに「やっぱり見た目って大切だよな〜」って思うんだよな。彼らの個人的な意見で、世間一般的な男性のそれではねえってのは分かってんだけどな。

    一方、私をはじめとした女性陣は、最初のうちは「やっぱり背が高いほうが良いかも」「筋肉質な人が最高」「長髪は無えよな〜」って男の見た目の話をする、出会ったときの第一印象で魅力を感じるか否かはやっぱり見た目にあるんだよな。で、私の筋肉フェチな部分、筋肉がいかに好きかって話をこのタイミングですると、いつも若干引かれるのが納得行かねえんだよな。筋肉が好きだけどマッチョ過ぎるのはダメ、程よいガタイの良さのマッチョが最高と言うと半分同意してくれて半分筋肉フェチ過ぎる部分に引かれるんだ。

     

    ・私たちはストーリーに魅力を見出す

    私達女性陣は、はじめのうちは男性の見た目で盛り上がるんだけど、次第に「こういうシチュエーションは最高」「これをされると惚れる」って内容に変わってく。最終的には「自分が最高だと思うシチュエーション」をリアル過ぎる妄想と共にプレゼンして、それに「分かるわ〜」って同意していくって流れがもう決まってんだよな。駅のホームでデートの別れ際に行われるやり取り、セックスをする前後のベッドでのやり取り……かつての思い出を思い返しながら、あるいは何かで見知ったシチュエーションに思いを馳せながら互いにプレゼンをし合うんだよ。

    「それ最高だわ」「それはたまらねえな」って互いに言い合うシチュエーションに共感し合っている私達を、男性陣は「また始まったよ」「それの何が良いんだ」ってなふうに見ているんだ。私達の間での男女の温度差それに「異性のどの部分からエロを感じるか」の違いから、男性にしてみれば何てことのない些細なシチュエーションで、女性は相手の男性のことがさらに好きになったり惹かれたりするのかなってぼんやり考えてしまうんだよな。私自身と私の周りの人間の意見による、私の独断と偏見だってのは分かってる。それに、世の中全ての人がそうであるとも思ってねえ。

    けれど、「男性は女性の体つきや格好、それに雰囲気から女性としての魅力を感じる」一方で、「女性の場合には男性のエロさというか男性としての魅力は、見た目と同じくらいに様々なシチュエーションの中でのストーリーから感じ取るのかもしれねえな」って思うんだよ。確かに出会いから異性として相手に魅力を感じるか否かは見た目がかなりのウェイトを占めるけれど、そこから先の「魅力が愛情をかき立たせるか」「エロという異性としての魅力を感じるか」はシチュエーションが織りなすストーリーが大切になってくる気がする。

     

    ・恋愛のきっかけを失ってしまった

    実際、恋愛を頑張っていた昔の私も、出会って間もない気になる人とのささやかなコミュニケーションや、付き合った恋人との日常の一コマでさらに恋愛感情を増幅していたような気がするし。決して女性の全員が全員、ストーリー性から男性の魅力を感じ取るわけじゃねえだろうよ。でも少なくとも、見た目とか雰囲気とかそういう見た目で明確に判断できる情報から惹かれるという男友達と、ストーリー性から異性の魅力を感じ取っていた私とを比べてみたときの差に驚いたんだよな。

    と同時に、ストーリー性から異性に惹かれたり恋愛感情を募らせていた私なのに、今やおっさんをこじらせてキュンキュンしなくなってしまったのは、恋愛のきっかけを大いに失ってしまったんだろうなって。恋愛を頑張っていた頃の私の、当時の気持ちとか感情の高ぶりだとかで「あのシチュエーションは良かった」と懐かしんだり良さを再確認したりする。けれど、今のおっさんをこじらせていてキュンキュンすることを忘れた私が、これから先のどこかで同じシチュエーションに遭遇しても昔と同じように恋愛感情を募らせたり芽生えさせたりできる自信がねえんだよな。せいぜい「昔もこんなシチュエーションがあったな」って思うくらいじゃねえのかなって。

    とすると、私はこれから先の将来も今のままなら、シチュエーションから出発する恋愛のきっかけ、相手を異性として意識したり惹かれたりする新たな恋愛のチャンスを逃すんだと思うよ。あるいは、私の理想の筋肉を持つ人と出会ってある種の一目惚れから恋愛を始めるしかねえんだろうけど、いかんせん初対面で裸で筋肉を目の当たりにできるシチュエーションなんて考えられねえんだよな。