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【ねむみの切り捨て御免】“ゆるふわ女子”の脳内には除草剤を撒きたい

  • 2014年03月18日  安眠亭 ねむみ  



    「大切な人がいる=幸せ」という公式がまかり通っているこの世の中。

    なので、恋人がいないとどうしても「私には恋人がいない私には魅力がないの?」と自己嫌悪に陥りがちになる、なんて経験はありませんか?

    恋人がいるというステータスだけが幸せを表しているなんてことは決してありません。

     

    ◆「幸せ」って何?

    今となっては最愛の恋人がいるものの、かつては「リア充爆発しろ!」と声高に叫んでいた私。「大切な人がいる=幸せ」な風潮が蔓延している現実世界から、逃げるように二次元のアニメの世界に没頭していました。「リアルはクソゲー。二次元で生きたい」そう思っていた私は、いわゆる絵に描いたような「非リア」だったのですね。

    なので、歳相応に恋を成就させ、大切な人がいる女性から「どうして恋をしないの?すればいいのに」と散々言われたものです。彼女らはきっと、男の「お」・恋の「こ」なんて字が全くなく、アニメを見てはニヤニヤしている私を哀れに思ったのかもしれません。しかし、そのような台詞を言われる度に、非リアを拗らせていた私の脳内では「恋をしない、なんて幸せでも何でもない。だからお前は不幸者。そんなお前が見てられないから、アドバイスをするよ。恋をすればいいのに」と変換されていました。

    つまり、「恋をしていたり、大切な人がいる彼女らのような人間にとっては、

    『大切な人がいる=幸せ』という考え方をしていて、その思考内では私のような非リアは不幸者だと思われているんだ」と私は解釈していたんですね。何ともねじ曲がった思考回路!我ながら、「その非リアの拗らせよう…最高だな!」と感心します。

    しかし、ねじ曲がってはいるものの、その考えは間違いではないと今の私でも胸を張って言えます。そもそも、「大切な人がいる=幸せ」というのは、彼女らのような人間にとっての幸せの基準であって、それが必ずしも誰かの幸せの基準であるとはいえないと考えるからです。そんな「自分が幸せと感じる基準」を誰かに押し付けるのもおかしな話。このことに気付いていない脳内お花畑の女性がなんとも多いこと多いこと。できることならそんな彼女らの脳内には除草剤を振り撒き、そのお花畑をすべて土に還してやりたいくらいだ、と今でも思います。

     

    ◆脳内お花畑女子とは

    ここで、「脳内お花畑女子って何?」と思われる方も多いと思いますので、ここで簡単に彼女らの特徴を上げたいと思います。

    ・恋してなんぼ。大切な人がいないなんて不幸の極み
    ・無駄に群れる
    ・単独行動とか考えられない
    ・群れる仲間と同じような髪型、服装、化粧で見分けがつかない
    ・いつも群れている人間と集まっては「女子会」を開き、傷の舐め合い
    ・表面上では仲が良いように見えても水面下ではいつも激戦が繰り広げている
    ・優先順位は友達<<<<<大切な人
    ・だから、恋愛のことになると仲の良い友人ひいてはいつも自分と群れている人間をも簡単に裏切る
    ・恋愛でうまく行かなければすぐに被害者面をする

    といったところでしょうか。「あー、いるいるそんな女(笑)」と思った方は少なくはないはず。そして、残念ながら、このような特徴が多く当てはまる女性が最近大勢いるように思えるのは私だけでしょうか?彼女たちのような人間は、「自分には大切な人がいる」という幸せの基準で一人幸せを実感していればいいのにも関わらず、その「幸せの基準」をあたかも誰にでも当てはまるものだと思い込み、押し付ける。それが非常にいただけない。お前は黙って脳内のお花を満開にさせていろよ!と。

     

    ◆幸せの基準は自分で定めるもの

    話が長くなってしまいましたが、要するに、自分の「幸せの基準」は、他人に押し付けるものでも、他人と比較するものでもなく、自分で見出し大切にするものではないのかと私は考えます。何でもいいです、例えば「お風呂でゆっくりとくつろげるのが幸せ」とか「休みの日にいつまでも寝られるのが幸せ」とか「二次元の嫁がいるだけで私は幸せ」とか…そう思えるだけで人生は一層楽しくなるはずです。

    ただ、それらの「幸せの基準」を他人には押し付けてはいけないのですね。それをしてしまっては、脳内お花畑女子と何ら変わらないからです。自分の「幸せの基準」を相手に押し付けてそれを否定されてしまっては、「そうは思わない」と否定した相手に不快な思いをさせてしまうどころか、否定されてしまった自分も不快になります。さらには自分自身の「幸せの基準」をも壊してしまう結果になりかねないからです。

    「幸せの基準」をうちに秘め、その基準に従ってささやかな幸せを積み重ねていきませんか?そして、あわよくば第三者…誰からも「あの人は幸せそうだな」と思われるようになれるよう、その「幸せの基準」を大切に大切にしていきましょう。