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【ねむみの切り捨て御免】他人の目を気にしているうちはまだまだ

  • 2014年06月26日  安眠亭 ねむみ  



    生きていく上で、はやり「他人から自分はどう見られているのか」あるいは「他人から自分はどのように思われているのか」ということが気になります。しかし、それらをあまりに気にしすぎたところで良いことというのはあまり無いように思います。恋愛を長続きさせる上で、他人の目を意識しすぎるのはかえって逆効果だと私は考えます。

     

    ・自分に価値が見いだせなかったメンヘラ時代

    今となってはとても元気な私ですが、いわゆる「暗黒メンヘラ時代」には今のようなイキイキはつらつとした私はありませんでした。酷い時には、毎日何のために生きているのか本当にわからず、誰とも会いたくなければ会話もしたくない、外出は週に1度の通院だけ…なんていう時もありました。もう二度と経験したくないですね。

    その頃の私は、自分のことを「何の役にも立た無いくせに死にたいと思いながら無駄に生きている無価値な人間」だと思っていました。自分の存在価値を見出だせなかったんですね。ですから、私の体を目当てによってくる男性と体を重ねることで「私はまだ必要とされているんだ」と必死になって言い聞かせていました。なんて哀れなんだろうと自分でも思います。

    また、周りを見渡せば大切な人がいる人間、誰かに必要とされている人間がいる、そんな人たちがとても輝いて見えて羨ましく思えました。「私もあんな風に見られたい…『誰かに必要とされている価値が私にはある』という雰囲気を周りの人間に振りまきながら輝きたい…」そう思えば思うほど、自分の置かれている状況がとても惨めに感じられて、さらに布団から出られない日々が続きました。

     

    ・もう、どう見られてもいい

    そんなことをずっと考えたり羨ましがっていた私ですが、さすがに疲れたのでしょう、あるいはもう何らかの境地に達したのでしょう、あるときから全てがどうでも良くなったんです。「他人からどう思われようが、どう見られようが別にどうでもいい。私は生きるだけでも精一杯なんだから、いろいろ考える余裕なんて無い。他人なんかに翻弄されてちゃダメだ、このままじゃ死ぬ」と本気で思いました。オーバーだと感じられるかもしれませんが、本当に「このまま他人の目を気にしたり、他人と自分を比べて落ち込んでいたら死ぬ」とはたと気付いたんですね。

    それからです、とっても気持ちが楽になりました。他人と比べないというか「他人はそこまで私に興味を抱いていないのだから、ハナから気にすることはない」という境地に達してからというものの、世間ではびこっている価値観だとかそういったものに当てはまっていない自分に対して自己嫌悪を抱いたりしなくなりました。

     

    ・「他人の目」は恋愛をする上で邪魔になる

    人間は他人よりもよく見られたいと思う生き物だと思います。優越感という感情はとても気持ちが良いですからね。そんなこともあって、恋愛をしたり誰かと交際を始めた際には「自分たちは一体どのように見られているのか・思われているのか」ということばかりに意識が向けられがちになります。私だって、上記のような境地に達する以前はそうでした。「私達カップルは、世間的に羨ましがられるカップルなのかな」とか想像を巡らせ、「そう思われていないかもしれない」という結論が導き出されたら、より良く見られるような自分たちを目指しました。そのためには、時に相手にも何かを要求することもありました。なんて愚かなんだと今では呆れてしまいます。

    というのも、かつてのそのような私は「どう見られるか」ばかりを気にして、相手のことはもちろん、自分自身に全く気が向いていなかったように今となって思うからです。つまり、自分の思い描くあるいは世間的に言われている理想のカップルに憧れるばかりに、自分たちのことを全然考えていなかったんですね。そんな他人の目を気にしてばかりいる恋愛なんて楽しくないですし、実際楽しくありませんでした。付き合ってもすぐに別れたりなんてことがよくありました。そんなこともあり恋愛に夢中になっている時くらい、他人の目を気にしないほうが絶対楽しめると確信できます。所詮、他人は他人、自分たちは自分たちですよ。自分たちは自分たちで楽しまなきゃ損です。

     

    ・幸せは他人からの判断ではなく自分で決める

    もうすぐ結婚予定の現在の彼氏とは、ある一種の「他人からどう思われようが構わない」という境地に達してから出会いました。ハナから「どう思われても構わない」というスタンスで自分をさらけ出していたこともあり、「何も繕っていないありのままの私」の性格をも受け入れてくれています。「他人からどう見られているのか」とか「他人により良く見られたい」とかそんなことを気にするばかりにありのままの自分を出せず、人間関係で苦しんだりするくらいなら最初から「そのままの自分」をさらけだして、それでも好いてくれる人と人間関係を築いていきたいと思います。

     

    「他人の目」を気にすることはきっと大切なことだとは思います。しかし、その「他人からこう見られたい」という理想と現実があまりにもかけ離れすぎている現状に自己嫌悪に陥ったりして、自分自身を苦しませる羽目になるなんてことは、もうまっぴらごめんですから。「他人からよく見られる」ことで充実感や満足感を得るのではなく、自分に見合った自分だけの幸せを「私はこれを幸せだと思う」と些細な事から見つけていける私でありたいです。